遅すぎる三国志熱
私はわざわざ大学にまで行って、歴史の勉強をしていた。今となっては、もっと実学に触れておけば…と思わなくもないが、
高校時代に迷いなく文学部を選び、「私は中国史を学びたい」などと言っていた。
(雲南省・大理)
そんな私が今はまっているのが、あの三国志だ。
そう、誰が聞いても遅すぎる。
一般的に、大学で歴史を学ぼうと言う人間は、小学校で横山光輝の「三国志」に熱中し、中学校で吉川英治の「三国志」を読みふけり、高校で「三国志演義」を読むもの。そして大学で陳寿の「三国志」を原文で読み、なるほどそうだったのかと合点がいくという具合だ。
私は恥ずかしいことにどれも読んでいないが、それには言い訳がましい理由がある。
小学校の時に、隣の席の男の子が三国志にはまっていて、何かにつけて、その話をしてきた。そして面倒なことに、毎日軽い「英雄テスト」なるものを出題し、「趙雲を知らないのか」「張遼こそが英雄だ」などと指摘を受け続け、全く答えられない私は、そのたびに嫌な思いをした。(チョウウンもチョウリョウも小学生には同じに聞こえた)
通常なら奮起するところだが、三国志を覚えても何の成績アップにつながらないことを知っていた私は、男の子の熱意を羨ましいと思いながらも、適当に受け流していた。
だが、そのとき感じた「答えられない」という屈辱は今も鮮明に覚えており、それが私を三国志から遠ざけた理由である。
あれから25年ほど経ち、このドラマをきっかけに、私はようやくはまることになった。
35歳を超えて見る三国志は、ビジネスにも十分応用がきき、「もう他人事には思えない」というのが率直な感想だ。
では、なぜ三国志は、国を越え時代を超えて人を引き付けるのか。
私なりの分析を次回以降に記したい。